2007年5月28日月曜日

車椅子の母に思う

私の母が、寝たきりになったのは、夜中にベッドから落ちたらしいことから、大腿骨の骨折が原因でした。

落ちたらしいというのは、真夜中に部屋の出口でドアを叩いて助けを呼んだのがその始まりだったからです。

妹が起きて病院に連れて行きましたが、それから一度も立てないまま、介護の世話になっています。

その前から、やたらに猜疑心が強くなりました。家族が何でこんなに人を疑ったりののしったりするのか分からないままその状態が進み、二、三年経ってしまいました。
認知症が始まっていたことがあとになって分かったのです。

今では、私のことは分かりますが、話がとんちんかんで、まるで他人と話をしているような言い回しをしています。

加齢ということのやるせなさをしみじみ思います。
生きることの意味とは、なんなのでしょうか。

なくなった父も寝たきりになってから、認知症が加速しました。
身体を思うように使えないということは、脳をそれだけ使わないことを意味しますから、脳の機能がどんどん衰えていくのだと思います。

तकहाशी गेन्न्बोकू

2007年5月26日土曜日

なぜ寝たきり半分なのか

寝たきり予防とか介護予防ということばやメタボリックシンドロームの予防などが、盛んに言われていますが、私たちが実現できることで、しかも具体性のある言葉として「寝たきり半分」はとても分かりやすい言葉だと思います。


自分が寝たきりになりたくない、家族が寝たきりになって欲しくない。


「寝たきり半分」という言葉で、世の中から少しでも寝たきりになることで起きる不幸を減らしたいと考えています。

आश्रम गेन्न्बोकू