2012年11月27日火曜日

キリスト教の神は人の食べ物として肉を与えていない

ある必要があって旧約聖書の創世記を読んでいました。
そうしたら、天地創造をした神様が、人間に与えてくださった食べ物は、
種のなる草と、果物だと書いてありました。
動物が生きるためにも、やはり青い草を与えると書いてありました。

しかし、人間に「動物を治めろ」と命じているけれども、神様は食べ物としてはあたえてくださっていないのでした。

やはり我々人間は、野菜を食べたほうがよさそうな気がします。
えっ?
「そんなのお前、信じているの」ですか。
特別に、信じているわけじゃないけど、ちょっと面白いことだと思いませんか。

神、彼らを祝し神彼らに言ひ給ひけるは「生めよ繁殖(ふや)せよ。
地に満盈(みて)よ、之を服従(したがわせ)せよ。
又海の魚(うお)と天空(そら)の鳥と地に動く所の諸(すべて)の生物(いきもの)を治めよ。」
神いひ給いけるは、「視よ我全地の面(おもて)にある實 (たね)のなる諸の草と核(たね)ある木菓(このみ)の結()る諸の樹とを汝等に與ふ、これは汝らの糧となるべし。
また諸
(すべて)の獣と天空のすべての鳥および地に匍()う諸(すべて)の物など凡そ生命ある者には我食物として諸(すべて)の青き草を與(あた)ふ」
と即ち斯くなりぬ。(創世記 第1-2830)

2012年9月20日木曜日

郡山にお住いの柳箸俊恵さんから次のようなメールをいただきました。
いまだに放射線が、生活に深刻な影を落としていることが、書かれていて、みんなが知っておかなければならないことだなあと思いました。
ご本人の許諾をいただきまして、全文を掲載させていただきます。


大変ご無沙汰しております。
 
DVDをいただいたにも関わらず、お返事が大変遅くなりました。
 
言い訳になってしまいますが、末の子供の部屋の放射線量が自宅の中で室内で一番高いまま(0.3~0.4msv/h)なので、あちこちと部屋の引っ越しをしているうちに迷子にしてしまい、やっと発見しました。
 
いろいろなことで、震災は記憶からなくなりそうな日本ですが、福島の放射能は存在しています。
我が家では、私たちの部屋を子供部屋に、私たちは和室に引っ越し、以前の子供の部屋は物置になっています。
といっても、生活している私自身も、以前ほど深刻では無くなってきています。
私たちはいいのですが、若い人や子供に、必ず影響は出ると思います。
原発ありきで、進められる行政に失望していますが、どうしようもない現実に無力感を感じます。
 
そうは言っても生きていかないといけないので、それなりに頑張っているつもりです。
今は、精神科病院のデイケア部門です。
同じ部門ですが、主に担当する業務がコロコロと変わるので、ちっとも落ち着きません。
10月からは、訪問看護が主な役割になるそうです。
精神科だけでも???なのに訪問まで加わるので、さらに??????です。
 
診療所のご活躍は、何よりです。
地道な活動ですが、凄いですね。
信念を貫くことで効果が現れて・・・、それがよく伝わってきます。どんどん、日本全国に拡大していって欲しいです。
福島県は長野県ほど予防活動が盛んなように感じません。
自分自身が、予防の環境にいないからかも知れませんが、人間ドックを大々的にしている病院は少ないし、規模も小さいし・・・。折に触れて、啓蒙できるように心がけたいと思います。
 
私は、大量野菜主義の食事の効果で、生活習慣病は今のところは大丈夫なようです。
キリギリスかと思うくらいです。
福島県の野菜は安くて新鮮ですが、素直に買えない自分が悔しいです。
 
これからも、ご活躍をお祈りいたします。
会費の振り込みが必要かと思うのですが、どうすればよろしいでしょうか?
 
よろしくお願いいたします。
 
楊箸俊恵


私は次のように返信しました。


楊箸俊恵様
 
ご連絡ありがとうございます。
放射線の不安がとてもリアルに伝わってきて、改めて考えさせられました。
 
このメールを僕の仲間に紹介させていただいて良いでしょうか。実名をださせていただけるようでしたら、その方が良いと思いますが、まずいようなら匿名で。
 
いただいたメールのように生活上のリアルな事實を私たちがほとんど目にすることがないので、とてもインパクトがあるのです。
 
いかがでしょうか。
 
高橋玄朴

次のようなご返事をいただきました。

高橋 玄朴 様
 
お返事どうもありがとうございます。
実名でも大丈夫です。放射能に苦慮している福島県民のために、少しでも役に立つようならと思います。
 
今でも、たった15年しか住まなかった長野県に帰りたいと思うのに、昔からずっと住んでいた所からの避難者の方々は、とても辛い毎日だと思います。でも・・・5年後に、「そんなこともあったね~。」と福島県に住みながらも、そう思う自分になりそうで怖いです。ホントに勝手だな~と思っているこの頃です。
 
よろしくお願いいたします。

楊箸 俊恵

2012年8月13日月曜日

孔子はどんなものを食べていた?

聖人と呼ばれる人は、どんな食事をしていたか、気になりませんか。

たまたま論語を調べていたら、出てきました。



上は、論語が書かれた当時の文字です。

郷當 第十です。

この文章の最後のところに
疏食菜羮 瓜と雖も祭るに必ず斉如〔さいじょ〕 たり
とあります。
このことが一番大切なんじゃないかなと、思いました。

以下に、その全文を見てみたいと思います。
太字は、読み下し文。
細字は、訳文。

食は精を厭〔いと〕わず。
主食は、普段は精白したものを摂らないが、精白したものでもかまわない。

膾〔かい/なます〕 は細を厭わず。
(肉や魚を細かく切ってあえたもの)は、あまり細かくしないものを食べる。

食の饐〔い〕して〔あい〕せる、魚の餒〔たい〕 して肉の敗〔やぶ〕れたるは食らわず。
すえて味の変わった食べ物や、魚が古くなって肉が崩れたものは食べない。

色の悪しきは食らわず。臭の悪しきは食らわず。
色が悪くなったものや、悪臭を放つものは食べない。

〔じん〕 を失いたるは食らわず。
煮加減がいい加減なものは食べない。

時ならざるは食らわず。
季節外れのものは食べない。

割〔きりめ〕正しからざれば食らわず。
肉でも野菜でも、切り方が正しくないものは食べない。

其の醤〔しょう〕を得ざれば食らわず。
その食べ物に合った付け汁や醤油のようなものがなければ食べない。

肉は多しと雖も食気(食〔し〕の気) に勝たしめず。
いくらうまい肉でも食べたくないときは、食べない。

唯 酒は量なし、乱に及ばず。
酒は飲む量は気にしないけれども、乱れるほどには飲まない。

沽酒市脯〔こしゅしほ〕 は食らわず。
市販の酒や干し肉は、食べない。

薑〔はじかみ〕 を徹〔てっ〕せずして食らう、多くは食らわず。
生姜は、必ず食べるけれども、たくさんは食べない。

公〔こう〕に祭れば肉を宿せしめず。祭肉は三日を出ださず。三日を出づれば之を食らわず。
君公の祭祀を執り行ったときに使われた肉は、その日のうちにみんなで食べて、三日も残さない。それ以上残した肉は食べない。

食らうに語らず。寝〔い〕 ぬるに言わず。
食事の時は、おしゃべりをしない。寝るときもしかり。

疏食菜羮〔そしさいこう〕 瓜〔うり〕 と雖も祭るに必ず斉如〔さいじょ〕 たり。
精白しない穀物や、肉が入っていない野菜だけの汁や、瓜のようなものなど(おいしくなさそうなもの)でも、祭りの時のように必ず厳粛に厳かに敬意をつくして食べる。